逆転構造の発見のいきさつ
大正時代のある日、秋吉台の一角の立った小沢氏は途方に暮れた。広い草原はどこから手をつけて良いか分からなかった。しばらく、座禅を組んで、考えることにした。しかし妙案は出てこず、とにかく真北に向かって調査を始めた。フズリナ化石を見ながら北へと進んだ。4kmぐらい進んだ所に、巨大な窪地が現れ、その底に向かって降り、進むことになる。そこには、じつは大発見が待っていたのである。そこが帰り水である。
小沢博士は東京帝国大学の学生時代に、当時石油採掘のため研究が盛んであったフズリナ化石の研究のために秋吉台を訪れたのであった。当時バスはなく、人力車で小郡から来た。座禅を組んだ場所には後に秋吉台科学博物館が建設される。小沢博士の調査の手伝いをしたのは、地元の恵藤一郎氏で、同時から洞窟調査など幅広く秋吉台の学術研究に取り組んだ知名士で、秋吉台科学博物館の初代館長になる。
初代館長の恵籐氏により建設地が選定されたからである。恵籐氏は小沢博士の推薦で日本地質学会の会員にもなり、会誌に洞窟について報告しいる。小沢博士から恵籐氏に送られた地質図も当館に保管されている。
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