特別寄稿
長府城下は癒(いや)しの里
直木賞作家 古川 薫
 長府は毛利氏の分家で長府藩5万石の城下町だった。慶長5年(1600)の関ヶ原合戦以後、毛利元就の孫にあたる毛利秀元がひらいた近世城下町である。日本の城下町といわれるところは、ほとんどその近世城下町で、およそ400年前に出来上がった集落だ。
 長府の歴史はさらに古く、約1400年前までさかのぼる。ここは古代長門国(ながとのくに)の国府(こくふ)だった。長門国府を省略して「長府」と呼ぶのであり、その上にそっくり近世の武家城下町が乗っている。
 つまり土塀にかこまれた武家屋敷町の下には、古代貴族的系譜の遺構が眠っているという特殊な城下町である。国府以前のもっと古い時代、古事記・日本書紀などにも登場する。長府は神話の舞台ともなったのだ。
 長府の真上を東経131度00分の子午線が通っている。それさえも何か運命的なものに感じながら、私は半世紀近い歳月、長府で生活している。長い歴史をどっしりと背負って、緑の中に静まる長府は、先祖が私たちに残してくれた美しい文化遺産である。

 そこでは海と山と小さな平野部を取り込む自然と人間が、互いに溶けあいながら暮らしてきた。長府には伝統で磨きあげた生活空間が、しっとりと息づいている。
 この城下町には詩情と、歴史のオーラが充満して、ここに住む人々、また訪れる人々の心を癒(いや)すのである。

  

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