下関市立長府博物館情報:収蔵品紹介
乃木さんの単眼鏡
直木賞作家古川薫
長府博物館に収蔵されている乃木将軍の遺品のなかに、ドイツ・ツァイス社製のプリズム双眼鏡があります。いや、それは左側のレンズ部分が切り落とされているので、単眼鏡(たんがんきょう)とよぶべきでしょう。
 日露戦争のとき、乃木さんは第3軍をひきいて旅順を攻撃しました。右目でこの単眼鏡をのぞきながら、203高地攻撃を指揮したのです。重量感のあるダイガストの鏡体には「乃木」の字がかすかに認められます。
 私はそれを手にとって、博物館の窓から外をのぞいてみたことがあります。視度調節機能はなめらかで、百年の過去を再現するかのように、拡大された木立の新緑が円形に切り取られた視野を鮮やかにいろどっていました。一瞬、乃木さんの肉体に触れたような感動を味わったものでした。
 乃木さんが左目を失明していたことを、多くの人は知りませんでした。乃木さん自身が、そのことを隠していたからです。失明の原因は、少年時代に発生した事故のためでした。ある夏の朝、母親が蚊帳(かや)を外そうとしたとき、吊手の環が誤って乃木さんの左目を直撃し水晶体を傷つけたことが視力を失った原因です。
 乃木さんは母親のその過失を人に知られまいとして、左目の傷害を隠したのでした。乃木さんの人間性を語るこのような逸話は、数えきれません。その人柄を慕う人々は、日本人だけでなく外国人にも多く、たとえば日本占領軍総司令官ダグラス・マッカーサー将軍は、着任して間もなく、乃木さんの墓参りをしています。東京の乃木神社境内には、マッカーサー将軍が記念植樹したアメリカハナミヅキが、いまは大木になって枝葉をしげらせています。
 日本人の偶像破壊をねらい、故意に乃木さんを愚将あつかいした小説を書いた者がいて、そのことを信じている人も少なくないようです。しかしそれはあくまでも小説であり、史料をねじまげた虚構の作品なのです。
 長府は乃木さんのふるさとです。長府で暮らす私たちは、乃木さんのすばらしい実像を、みんなで知っておきたいと思います。
長府観光協会広報誌「壇具川、第9号」より
 


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乃木大将の単眼鏡:長府博物館蔵 下関市立長府博物館:創建時
    

     
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