九 月





「 うつくしき世をとりもどすうろこ雲 」 鷹羽狩行

防災の日 …… 9月1日
大正12年9月1日に起こった関東大震災を記念するとともに、さまざまな自然災害についての認識を深め、これに対処する心構えを平生から養う事を目的として、昭和35年に防災の日が設けられた。
日本各地の職場や学校で防災の訓練をしている。
二百十日 …… 9月1日
立春から数えて二百十日目を「二百十日」といって昔から農業の厄日とされてきた。
この日がわざわざ暦に書き入れられるようになったのは、江戸中期の暦学者、安井算哲が編纂した「貞享暦」(1685年)に厄日として書き入れてからである。しかし、農民たちは経験上立春後二百十日目、二百二十日目に毎年暴風雨が来る事を知っており、かなり古くから風鎮めの祭りが行われてきたようである。
この頃はちょうど稲の開花期に当たり、この時期に台風に襲われると収穫前の農作物に大きな影響がでる。 
重陽の節句 …… 9月9日
中国の陰陽五行思想では奇数のことを陽数といい、特に九月九日は九という陽数が重なる(重陽)めでたい日として重んじた。この日は「菊の節句」ともいわれる。この日には主に長寿を願う祓い事が催され、菊の花が邪気を払い長寿に効くと信じられていたので、菊の花びらを浮かべた菊酒を飲んだ。

日本には7世紀末、天武天皇の時代に伝わり、「菊花の宴」として宮中の年中行事に取り入れられ、平安時代前期には重陽の行事は大がかりになった。江戸時代には五節供の一つに加えられ、幕府では諸大名を出仕、登城させて祝う程公的な行事とされた。

民間でもこの日は大々的に祝われ、菊酒を飲み、菊ご飯を食べて祝ったものである。しかし、明治以降は急速にすたれ、現在では菊の品評会を開く程度である。
敬老の日 …… 9月15日
昭和41年に「敬老の日」として祝日に制定された。老人福祉に対する国民の理解と関心を高めるとともに、長年にわたって社会に貢献してきた老人を敬い、いたわる日となっている。
2025年には高齢化率が25%を越え、4人に1人が高齢者となる。1990年には、生産年齢人口の5・1人で1人の高齢者を支えていたが2025年になると2・1人で1人の高齢者を支えることになる。
原因の1つは晩婚化、出生率の低下による少子化、2つは死亡率の低下が挙げられる。高齢者社会の環境整備を整えることが官民挙げての早急の課題である。
十五夜 …… 9月17日
旧暦の八月十五日の満月を「仲秋の名月」と呼ぶ。平安時代の貴族が月の宴を張って歌を詠んだ。月見だんごと秋の花を月の見える縁側などに飾る。
またこの日の月を「芋名月」とも言い、初物の里芋を供える風習がある。
ちなみに、満月前夜を「待宵」、十五夜よりやや遅れてためらいがちに出る十六夜の月が「いざよい」、門先に出て待つほど上る「立待月」、「居待月」「臥待月」「更待月」とだんだんと遅くなり、真夜中に半月に近い姿を見せる二十三夜まで一夜ごと呼び名が変わっていく。
ついでに、曇りは「無月」、雨の夜は「雨月」である。
秋分の日 …… 9月23日
二十四節気の一つで、昼と夜の長さが同じだから、この日は仏教の説く「中道」の教えにかなうとして、お彼岸が重んじられるようになった。
また秋分の日は太陽が真西に沈むため、「春分の日と秋分の日には太陽が阿弥陀仏のおられる西方極楽浄土に沈む」という考え方から、往生の本願をかなえるために寺院で地獄・極楽の絵図を架けて法要が行われ、先祖の供養や墓参りをする。
このとき供えるのがおはぎで、春の彼岸に供えるのがぼた餅と呼び名が変わる。
秋分をはさんで前後三日間が彼岸、真ん中の秋分の日は彼岸の中日。
「暑さ寒さも彼岸まで」といわれるように、秋分を過ぎると暑さも峠を越す。

一口メモ
秋の語源は穀倉は飽き満ちるということと、草も木もすべて赤く、明らかに染まるということから「あき」になったという説がある。

鰯雲 … さわやかに済んだ空に白い雲が魚の鱗のように湧きでている雲
秋霖 … 残暑の頃から秋にかけて降る長雨
野分 … 二百十日、二百二十日前後に吹く暴風
おくて台風 … 忘れた頃にやってくる台風
秋の七草
春の七草が、かゆを作って野菜の色や香り、味を賞味するのに対し、秋の七草は花を楽しむ。
秋の七草は尾花、藤袴、撫子、桔梗、女郎花、葛、萩をいう。
       


      


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